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東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)11508号 判決 1969年7月10日

債権者

武田よしみ

ほか四一名

代理人

土屋公献

今村嗣夫

債務者

野村不動産株式会社

代理人

森良作

山田尚

古成正夫

松本啓二

主文

債権者らの本件仮処分申請をいずれも却下する。

訴訟費用は債権者らの負担とする。

事実

債権者ら訴訟代理人は、「債務者は、東京都港区高輪四丁目五三番八宅地四二五坪二合五勺(1,405.68平方メートル)地上に建築中の建物について、同宅地東側道路面より高さ14.80メートル以上の建築工事を中止しなければならず、これを続行してはならない。」との判決を求め、その申請の理由として次のとおり述べた。

一、債権者高橋精一、同高橋茂雄および同小沢みち子は、いずれも東京都港区高輪四丁目七番一〇号所在木造二階建家屋に昭和四〇年一二月以前から居住している者であり、その余の債権者三九名は、それぞれ、前同所同番一二号所在五階建共同住宅(通称高輪ハイツ。以下この呼称による。)のうち別紙一覧表(一)中各該当室番号の居室に、昭和四〇年一二月同ハイツが建築された直後から、居住している者である。

二、債務者は、昭和四二年夏ごろ、前記債権者ら居住地の南側、幅員四メートル余りの道路を隔てた債務者所有の前同所五三番八宅地四二五坪二合五勺(1,405.68平方メートル。以下本件土地という。)上に鉄骨および鉄筋コンクリート造九階建の建物一棟(以下本件建物という。)を建築することを計画し、その後、右建築工事に着手した。本件建物は、東西に長さ四一メートル、幅員一二メートル、高さ29.6メートル(ただし、九階部分まででは25.32メートル、屋上に設置される機械室の高さは4.28メートル。)の規模を有する高層分譲住宅であつて、同建物と債権者らの建物との位置関係および右両建物の高度差は、別紙第一ないし第三図記載のとおりである。

三、本件建物が完成した場合の債権者らの住居に対する日光照射の状況は、前記別紙第二および第三図に、各債権者が日光を遮断される時間(以下、日影時間という)は、別紙一覧表(一)に、各記載のとおりであつて、約言すれば債権者らの住居は、日照が最も必要とされる秋より春までの約半年間、既して午前から日盛りにかけての効率の最も高い時間帯の日光を遮断されてしまい、日盛りをすぎて後のわずかな西日に浴し得るだけとなるのであり、冬至の前後には殆ど全くといつても差支えない程度にまで日光を遮断されてしまうのである。そのうえ、本件建物が完成すれば、その西側に第三者が債務者と同様高層建築物の築造を計画している状況であつて、もし本件建物の建築を許すようなことがあれば、引続き、右第三者の計画する高層建築物の工事も遂行されるに至ること明らかであり、それによつて債権者らの蒙る日照妨害の被害が倍加することは必定である。

四  (1) 債務者の本件建物建築による債権者らの住居に対する前記日光の遮断は、以下(イ)(ロ)(ハ)に詳述するとおり、債権者らの有する日照権に対する、故意または少くとも過失に基づく侵害行為で、債権者らが受忍すべき限度を越える場合に該るから、債権者らは債務者に対し、第一に不法行為に基づく妨害予防請求権に基づき、債権者らの日照利益の損失がその受忍限度に止まるよう、申請の趣旨記載のとおり、右建築工事の差止を求める。

(イ)  債権者らが各人の住居において、日照を享受する利益は、単なる事実上の利益ではなく、一個の法律的権利として保護されるべきものというべきであつて、これを日照権と呼ぶことができる。けだし、住居において、日照を享受することは、健康で快適な「住」生活を営むための不可欠な要素であり、とりわけ乳幼児を持つ家庭にあつてはその感が深く、また、欧米諸国と比較してみると、我が国においては、湿度が高いのに、室内の生活様式は畳使用を建前としており、しかも室内の空気調節設備が一般家庭にまで普及していない現況であるから、室内に日照が望めないとなると、屋内は異常な湿気を帯び、居住者の健康は著しく害されることになるうえ、これを避けるための公共縁地帯等が極めて乏しいことを考えると我が国においては、住居において日照を享受することは、人間の健康で文化的な最低限度の生活を営むために必須なものというべく、従つてこの利益は生存権の一内容として把握すべきであるからである。このことは、日本住宅公団においては、同公団が建設する共同住宅につき、各室が四季を通じて一日最小限四時間の日照を得られるよう設計すべく義務づけられていることに徴しても明らかというべきである。

(ロ)  そして本件の場合債務者築造の建築物による日照妨害が債権者らの甘受すべき受忍限度を越えることは、前記三記載の日照妨害の程度、分量のほか次の諸点に照らして明白である。

①  (本件土地の地域性)

本件土地および債権者ら居住地は、住居専用地区の指定までは受けていないものの住居地域に属するものであるところ、住居地域内においては、住居専用地区の指定の有無にかかわらず、その地域内の住環境とりわけ日照、通風等を確保する目的上右地域内の建築物の高さに制限を加える必要が存するのである。これを本件土地に即し、考察するに債権者ら居住地は、国電品川駅から徒歩八分ないし一〇分程度の距離を隔てた同駅西側高台に位置するが、付近一帯は、交通至便の割に閉静な高級住宅街を形成し、散見されるビルはいずれも五階以下のもので、しかもそれらは、近隣の日照、通風を著しく妨げるものではない。もつとも、現在、本件土地付近に一一階建のいわゆるマンションの建築工事が進行中であるが、この北側は広大なゴルフ場であるからこれによつて近隣居住者の日照等が妨げられる心配はない。

以上の本件土地の地域性に着目すれば、本件建物のような高層建物を本件土地に建築するのは失当である。なお、債務者は、土地の高度利用を時代の要請と主張するが、この傾向は、都市の人口過密化、大気汚染、交通麻痺等の弊害をもたらすのであつて、むしろ、近代的ハイウエイの発展、都市の分散、人口の平均化等こそが強く、要請、助長されなければならないのである。なお、本件土地が、債務者の主張するとおり、第三種容積地区に指定されているかどうかは知らない。

②  (土地利用の先後関係)

債権者らが現に居住する家屋、住宅に入居した当時は、後日本件建物のような高層建物によつて日照妨害を受けるに至るなどということは、前記地域性からして全く予見できなかつたのであるから、債権者らの右日照に対する権利は充分保護さるべきである。

③  (本件建物建築の社会的意義)

本件建物は、巨大かつ豪奢であり、収容世帯数は、わずか二八戸に過ぎない。入居者は、当然に高額所得層の者であるから、他人の生活を犠牲にしてまで本件土地上に住居を求めねばならない立場におかれているわけではない。本件建物は、債権者ら四十数戸の平均所得層の者の健康で文化的な生活を犠牲にすることと引換えに二八戸の高額所得層の奢侈を保障することを意味する。これは、明白な本末顛倒であり、営利を追求する大企業のモラルを忘れた独善であり、そこには最早や一片の社会性も公共性も認められない。

③  (設計変更の能否)

本件建物が申請の趣旨に沿つて設計変更されるならば、高輪ハイツに投ずる影は、8.47メートル低くなるから、同ハイツ一階部分を除き債権者らの日照利益の損失はわずかなものとなる。そして、右設計変更が建築工事上可能なことは、すでになされた基礎工事が九階建の建物をも支えるに足りるものであることおよび四階以下は鉄骨、五階以上は鉄筋コンクリート造とするのが当初の計画であること等の諸点からみて明らかであり、また企業採算面からみても可能なことは、本件土地購入価額が高輪ハイツの場合と大差ないことおよび同ハイツは五階建で充分採算がとれたことに鑑みれば、容易に肯定できるところである。仮に右設計変更のため債務者に多少の損失が生じたとしても、それは、債権者らとの権利調和をはかることなく工事を強行した債務者において負担すべきものである。

⑤  (建築関係法令との関係)

債務者は、本件建物が建築基準法に従つたものであることをもつて、その主張を正当化しようとするもののようである。しかし、現行建築基準法は、個々の建物所有者ないし建築者相互間の相隣関係における利害の調整を図ることを直接目的とするものではなく、これを遵守している故をもつて本件建築の不法性を免かれうるものでないから債務者の主張は失当である。

⑥  (債務者の主観的意図)

本件は、不動産取引業者である債務者の企業的利益と一般市民である債権者らの生存権との間の紛争である。債務者は、要するに本件建物を完成し、売り尽してしまいさえすれば、よいのであつて、債務者の力説する土地の高度利用とか面再開発とかの言葉も、実質は商略的スローガンとして用いられていることを忘れてはならず、債務者は、債権者の生存権を侵してもその企業利益をあげようとしており、債務者のこの態度は、本件建築工事により日照妨害をなすことにつき、故意、過失というよりはむしろ害意まで有しているといつても過言ではない。

(ハ)  右のとおりであつて、債務者は債権者らに対し、不法行為者としての責任を負わなくてはならないことになるところ、不法行為の効果について金銭賠償の原則をとる我が民法の下においても、不法行為類型の個別化の思想からも、また、現行法上差止請求権を認めている例(例、商法第二七二条、不正競争防止法第一条)。との均衡上からも、ことに生存権の侵害のように事後救済の困難なものについては、被害者の受忍限度を越える場合には、妨害予防請求権の行使として侵害行為の差止請求が当然認められて然るべきである。

(2) 第二に本件日照妨害は、前記のとおり単なる事実上の利益にとどまらず、生存権としてとらえられる権利に対する侵害であつて、被害者である債権者らの受忍限度を越えるものであるから、債権者らは、債務者に対し、物権類似の生存権侵害に基づく妨害予防請求権に基づき本件建築工事の差止を求める。

五、債権者らは、前記諸権利に基づき、妨害予防請求の本訴を提起すべく準備中であるが、本件建物の建築工事が完成してしまうと、事後的に妨害排除を求めることは困難となり、回復し難い損害を蒙ることになるので、これを避けるため、申請の趣旨記載の仮処分を求める次第である。

債務者訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、申請の理由に対する答弁として次のとおり述べた。

一、申請の理由一の事実のうち、債権者高橋精一、同高橋茂雄および同小沢みち子がいずれも債権者ら主張どおりの家屋に昭和四〇年一二月以前から居住していること、およびその余の債権者ら三九名が、それぞれ高輪ハイツ(ただし、一部六階、残部五階建である。)のうち、その主張どおりの各該当室番号の居室に居住していることは認めるが、ハイツの建築時期は知らない。

二、同二の事実のうち、債務者が債権者ら居住地の両側、幅員四メートル余りの道路を隔てた、債務者所有の本件土地上に昭和四二年夏ごろ九階建の建物一棟の建築を計画し、その後、右建築工事に着手したこと、および同建物の九階部分までの高さが25.32メートルであることは認める。しかし、債務者が現に施工している実施設計によると、債務者建築中の本件建物と高輪ハイツとの位置関係の実際は、別紙第四図記載のとおりであり、右両建物の高度差の実際は、同第五図記載のとおりであつて、債権者ら主張の位置関係の高度差は正確ではない。

三、同三の事実のうち、本件建物が完成した場合の高輪ハイツに対する日光照射の状況、日影時間の実際は、債権者らの主張するようなものではなく、前記別紙第五図ならびに別紙一覧表(二)記載のとおりである。なお、本件土地の西側隣地に第三者が債務者と同様高層建築物の築造を計画しているとの点は知らない。

四、同四の(1)の主張は争う。

同四の(1)(イ)の主張も争う。債権者らは本件において、妨害予防請求までをもなしうる権利として日照権なる概念を主張するようであるが、そのためには先ず権利としての日照利益の内容が法律上明確にされていなければならないところ、債権者らがかかる権利を有するとする根拠規定は現行法上見い出し得ない。この点について債権者らは、日本住宅公団の公団住宅設計基準をその主張の根拠とするようであるが、右は、同公団の内部基準であるに過ぎず、債務者に対しなんら規制力を及ぼすものではないのみか、その内容は、土地の高度利用が要請されている市街地等において日照時間を一日一時間以上とすることができるように規定しているものである。また、右設計基準は、同公団が建築する住宅に関する基準であつてその建築した建物が周辺に及ぼす影響度についての基準ではない。

同四の(1)(ロ)の主張も争う。

同四の(1)(ロ)の①の主張のうち本件土地および債権者ら居住地が住居専用地区の指定までは受けていないものの住居地域に属するものであること、右居住地が国電品川駅から徒歩八分ないし一〇分程度の距離を隔てた同駅西側高台に位置すること、および、現在本件土地付近に一一階建のいわゆるマンションの建築工事が進行中であることは認めるが、その余の事実は否認する。同所は、容積比率一〇分の三〇とされる第三種容積地区の指定を受けた都心に近い市街地であつて、今日の社会的要請というべき市街地再開発を遂行すべく義務付けられているとまでいいうる地域であり、そのためには、面再開発すなわち土地の高度利用の方法をとるのが最も有効な方策であつて、現に、前記のとおり本件土地付近は一一階建マンションが建築中であるほか、土地の高度利用のための建物高層化が行なわれている。債権者らは、近隣に現存する建物の高さが五階以下であることをもつて本件土地付近の地域には高層建築を許すべきでないと主張するが、それは、右の土地高度利用が完全に実現されるに至るまでの一過程にある事象を固定化してとらえ、市街地の高層利用化の動きを看過した誤つた主張である。

同四の(1)(ロ)の②の主張は争う。

同四の(1)(ロ)の③の主張事実も否認する。

債務者の本件建築工事が今日の社会的要請である土地の高度利用上妥当なものであることは、前記債権者らの四の(1)(ロ)の①の主張に対する反論記載のとおりである。なお、債務者が当初から計画している本件建物内の戸数は、二階ないし七階が各階共六戸宛、八・九階が合せて六戸、以上合計四二戸である。

同四の(1)(ロ)の④の主張のうち、すでになされた本件建物の基礎工事が九階建の建物をも支えるに足りるものであることは認めるが、その余の事実は否認する。債権者らは、本件建築の設計変更が可能であると主張するが、仮に設計変更をなしえたとしても、それには次のような弊害が予想される。すなわち、本件土地上に高輪ハイツと同じ高度となる建物を建築するには、同ハイツが一部六階、残部五階建であること、および本件土地の方が同ハイツ敷地よりも略々一階層の高さに該る2.46メートル低いことからみて、六階ないし七階建の建物を建築することとなるが、そうすると本件土地の容積比の関係上、各階層の床面積が現在計画中のものより大きくなり、必然的に、現在九階建であることに対応して確保されている高輪ハイツ南側窓面より本件建物北面までの距離20.49メートルは狭まることになり、この結果、当初の計画と比較して債権者ら居住建物に対する日照についての影響は大差ないのに、通風状況は、却つて悪化することが予想されるのである。従つて設計変更により万事が解決できるかの如く唱える債権者らの主張には承服することができない。

同四の(1)(ロ)の⑤の主張は争う。

債務者の本件建物建築計画は、単に現行の建築基準法令に適合するのみならず、日照問題をも含めた同法改正の方針をも参酌し、予想される改正内容例えば日照、通風に対する配慮である北側斜線制限等の規制にも充分合致するよう配慮して設計されているものである。

同四の(1)(ロ)の⑥の主張事実はすべて否認する。

同四の(1)(ハ)の主張は争う。

同四の(2)の主張も争う。

債権者らは、生存権侵害に基づく妨害予防請求権に基づき本件建築工事の差止を求めると主張するが、右主張は、生存権なる概念が導入された以外は不法行為に基づく妨害予防請求権についての主張と全く同一であるから、債務者の主張も前叙したところを引用する。

五、同五の主張も争う。

第三 疏明関係<略>

理由

一債権者高橋精一、同高橋茂雄および同小沢みち子がいずれも昭和四〇年一二月以前から東京都港区高輪四丁目七番一〇号所在木造二階建家屋に居住し、その余の債権者ら三九名がそれぞれ前同所同番一二号所在の「高輪ハイツ」と通称される五階建共同住宅(ただし、後記のとおり一部六階であると一応認められる。)のうち別紙一覧表(一)の各該当室番号の居室に居住していること、債務者が昭和四二年夏ごろ債権者ら居住地の南側幅員四メートル余りの道路を隔てた債務者所有の右同所五三番八宅地四二五坪二合五勺(1405.68平平方メートル)上に九階建の建物一棟の建築を計画し、その後右建築工事に着手したことは当事者間に争いない。

二次に、<証拠>を総合すると、債務者が建築中の本件建物は東西に長さ四一メートル、その幅員一二メートル、九階部分までの高さ25.32メートル、(高さの点は当事者間に争いない)その屋上には東西に一室づついずれも北側に寄せて高さ4.18メートルの機械室が設置される予定の鉄骨および鉄筋コンクリート造りのいわゆる高層住宅であること、債権者高橋らの居住家屋と高輪ハイツとは、間に隣家一戸を挾んで東西に並ぶいずれも南向きの建物であり、これら建物の南側、東西に走る幅員四メートル余りの道路を隔ててほぼ真南に本件建物が建築中であつて、同ハイツ南側窓面より本件建物北側外壁面までの距離は約20.3メートル、同ハイツ東南角より本件建物西北角までの相関距離は約二〇メートルであること、高輪ハイツは、西側一部六階(二室)、残部五階建で、同敷地より五階部分までの高さは約一四メートル、六階部分までの高さは約16.6メートルであること、本件土地一帯は、債権者ら居住地の地表よりやや低く前記高輪ハイツの敷地より約2.5メートル低いから、右高度差を考慮すると、同ハイツ敷地より本件建物九階部分までの相関高度は、約22.8メートル、本件建物の屋上機械室までのそれは、約二七メートルであること、がそれぞれ一応認められ、右認定を左右するに足る資料はない。

三右二に認定した本件建物と債権者ら居住建物との距離および高度関係と<証拠>を総合すると、債務者が本件土地を取得する以前、同地上には、二階建木造家屋等の建物が存していたが、債権者ら居住建物に注ぐ日照に対する障害物は存在しなかつたので、債権者らは、従前各居住建物において終日、日照の利益を享受してきたこと、しかし、債務者の本件建物が完成することにより、債権者らの各居住建物南面の日照は、次のように遮られることとなること、すなわち、年間を通じて太陽の南中高度が最も低い時点である冬至(一二月二二日ごろ)における右日照状況(ただし、高輪ハイツに関しては、各室の窓面を基準とする。)は、まずこれを全体的にみると、日出(午前七時一三分ごろ)と共に高輪ハイツ西側六分の一の部分のみが全階を通じて各室完全に日蔭となるが、その後、日影は東に移動し、午前八時の時点では、同ハイツ西側半分が同様に日蔭になるが、その余の部分は完全に日照があり、次いで正午の時点では、同ハイツ東側三分の二の部分のうち、四階以下全室と五階二室は完全に、五階一室は一部、それぞれ日蔭であり、債権者高橋ら住居はほぼ西側半分が一、二階共日蔭であるが、その余の部分は完全に日照があり、さらに午後四時の時点では、同ハイツ一階全室と二階七室は完全に、二階五室と三階七室は、一部、それぞれ日蔭であるが、その余の部分は完全に日照があるという状況で、以上要するに、同ハイツ西側半分の居室は、ほぼ午前中の日照を遮られるに止まるが、東側半分および債権者高橋ら方は午前、午後にかけて日盛りの日照を遮断され、その程度は東側の居室に寄る程大きいこと、次にこれを各債権者らについてみると、債権者向本方は、午前一〇時半ごろから約三〇分間と午後一時過ごろから午後三時半ごろまで、同藤沢ら、同斎藤ら、同小野関、同武田方は、いずれも午前九時半ごろから午後三時半ごろまで、それぞれ完全に日蔭となり、同時田、同黄方は、いずれも午前九時過ごろから完全に日蔭となり、その後午後三時前ごろまでの間、時田方が午前一一時前後に約四〇分間日が当るほかはいずれも完全な日蔭の状態が続き、同横山、同岡松方は、いずれも午前九時半ごろから完全に日蔭となり、その後午後二時過ごろまでの間、横山方が午前一一時前後ごろに僅かに日が当るほかはいずれも完全な日蔭の状態が続き、同松森、同菊池、同崎山、同岩瀬方は、いずれも午前八時半ごろから完全に日蔭になるが、そのうち、松森方は、午前九時過ごろに僅かな間、日が当つて再び午前一〇時前ごろまで完全に日蔭となり、さらに午前一一時過ごろから正午ごろまでの間一旦完全に日蔭となつて、その後また日照を取り戻すという推移を辿り、その余の菊地ら方は、いずれも午後一時過ごろから徐々に日照を回復し、同岩倉、同北村方は、いずれも午前八時過ごろから午前一時前ごろまでの間、完全に日蔭となるが、その後はいずれも徐々に日照を回復し、同坂本ら、同保坂、同片山方は、いずれも午前八時ごろから完全に日蔭となるが、そのうち、坂本ら方は、午前九時過ごろからは、午前一一時前の三〇分間位完全に日蔭となるほかは日が当り、保坂、片山方は、いずれも正午過ごろから徐々に日照を回復し、同増井、同加藤ら、同渡辺、同水野方は、いずれも午前八時前ごろから完全に日蔭となるが、そのうち、増井方は、午前九時過以降は、午前一〇時過の三〇分間完全に日蔭となるほかは日が当り、加藤ら方は、午前一一時ごろからは、正午前に僅かな間、完全に日蔭となるほかは日が当り、渡辺、水野方は、いずれも正午ごろからは徐々に日照を回復し、同中西、同和気島、同堀内、同小林、同柳沢方は、いずれも午前七時半過ごろから完全に日蔭となるが、そのうち、中西方は、正午前ごろから、徐々に日照を回復し、和気島方は、午前九時ごろ以降は、午前一〇時前ごろの三〇分間位完全に日蔭となるほかは日が当り、その余の堀内方らは、いずれも午前一一時前後ごろから徐々に日照を回復、同兵藤、同竹日、同田中、同金子、同大友、同戸田方は、いずれも日出と共に完全に日蔭となるが、いずれも午前一〇時ごろから午前一一時前ごろまでの間に徐々に日照を回復し、同高橋ら方は、午前中から徐々に西側から日蔭となつて、前記のとおり正午には南面ほぼ西側半分が一・二階共日蔭で覆われさらに午後には南面全部日蔭となり、前記債権者藤沢方らと同程度に日照を遮られるに至るものであること、がそれぞれ一応認められる。<証拠判断省略>

四そこで、以下、前記認定した債務者の本件建築工事によつて予想される日照妨害が債権者らにおいて社会生活上一般に受忍すべき限度を越え、右建築工事の差止を許容しなければならない程の違法性を有するかどうかについて判断する。

(一)  まず、債権者らは、四季を通じて一日最小限四時間の日照を得ることが日照権を有する者としては最低限の要請である旨主張し、その根拠として日本住宅公団における例を援用する。

成程、<証拠>によれば、公団住宅設計基準(昭和三二年四月五日住宅公団達第六号、改正昭和三八年七月二六日住宅公団第一三号(イ))第一三条本文には、「住宅の一以上の居住室の日照時間は、冬至において原則として四時間以上とする。」と規定されているが、しかし、同条自身、高度に土地を利用することが必要な市街地等に対処すべく、但書を設けて右日照時間を一時間以上となしうる旨規定しており、冬至における日照時間一日当り四時間の原則は右市街地等においては最早や採用されていないことが明らかであるし、また、同設計基準第一条(適用の範囲)の規定内容および法令制定権限の一般原則に照して考えても、同設計基準は、単に日本住宅公団自身が建設する住宅等の設計に関する内部準則を定めたものであるに過ぎず、一般的に同公団外の住居についての日照時間を規制する効力を有するものではないと解するのが相当である。よつて、前記債権者らの主張は、その前提を欠き、採用するに由なきものである。

(二)  本件土地および債権者ら居住地が建築基準法上の用途地域の指定として住居専用地区の指定までは受けていないものの住居地域に属するものであること、債権者ら居住地が国電品川駅から徒歩八分ないし一〇分程度の距離を隔てた同駅西側高台に位置することは当事者間に争いがない。

また、<証拠>を総合すると、本件土地付近一帯は、首都における交通の要所、国電品川駅より間近な距離にある住宅地であつて、四囲の現況は北方には、債権者ら居住建物を経て広大な高輪ゴルフ場があり、近くに住居専用地区を控えているものの、北西方向に四階建海員病院、北東方向に高輪プリンスホテルおよびその付近の緑地帯をそれぞれ望むことができ、南方には、一部七階残部六階建駐日ソ連通商代表部、六階建ないし八階建の三菱金属高輪会館、七階建の「高輪アビタシオン」があり、西方には三階建の「メゾン高輪」などがあること、本件土地付近一帯は、古くから「高輪」の名と共に由緒ある高級住宅街として知られてきたことや、同地域の道路幅員が比較的狭隘であるうえに傾斜地であることなどの事情から建物の高層化がやや遅れ気味であつたが、前記のとおりすでに六階ないし八階建建物が建設されているほか、本件土地北東方向の至近距離には、「ハイネス高輪」と称せられる一一階建分譲共同住宅が現に建築中である(右一一階建の建物が建築中であることは当事者間に争いない)など近時建物高層化の傾向が顕著となつてきたこと、が疎明され、これを左右するに足る資料はない。

ところで、住居地域にあつては、その地域における建築基準法上の建築制限の規定内容からみて、商業地域等他の用途地域における場合と比較して、より強く居住用に相応しい場所的環境が要請され、この意味において日照利益が尊重され、この意味において配慮されることは望ましいところであるが、しかし、他方、前記のとおり、本件土地およびその北側に位置する債権者ら居住地は、いずれも住居専用地区としての指定までを受けているものではなく、また本件土地付近一帯は、首都における交通の要所品川駅間近にあつて現に建物高層化が進みつつある状況にあり、さらに付近には緑地帯も存すること等の本件土地に特有な事情に留意せざるを得ず、これらの事情に、首都における人口および産業の過度集中、地価の昂騰等、およびこれらに基因する土地の高度利用のための建物高層化の一般的傾向を合わせ考慮すると、最早や、ひとり債権者らの居住する家屋住宅だけが強く日照利益の保護を要求することはできないというべきである。

(三)  さらに、<証拠>を総合すると債務者は、昭和四三年二月ごろ、本件建物の建築について適法に建築基準法所定の建築確認を受けたこと、右建築は建築基準法等現行建築関係法令に違反するものではなく、また、本件建物は、分譲目的のために建築される共同住宅であつて、一階部分は管理人室、倉庫等であるが、二階以上九階までは全階居住用居室であつて、合計四二戸であること、債務者が本件建築のため本件土地を選んだ理由は、専ら自己の企業採算上の動機からであつて別に他意は存しないこと、債務者は、本件建物の位置を、道路斜線の関係上からではあるが、最大限債権者らの居住地と反対方向の敷地南側に寄せているため、前記二に認定したとおり高輪ハイツ南側窓面より本件建物北側外壁面までの距離は、約20.3メートルも存すること、本件土地は、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合が一〇分の三〇以下の第三種容積地区に指定されているが、債務者は、本件建物の右割合を一〇分の29.8に止めていること、がそれぞれ一応認められ、右認定に反する甲第一五号証の一部は、前掲各資料に照して措信できず、他にこれを左右するに足る資料はない。以上の事実によれば、債務者の本件建物の建築工事は、本件土地所有権の正当な行使の一態様にすぎず、これによる債権者ら住居に対する日照妨害につき、債務者において、殊更害意は存しないものと認められるのみならず、前出各証拠によれば、本件建物の建築は昭和四三年一一月、建設省から発表された建築基準法改正の基本方針(案)中、日照等の環境を良好に保持するために設けられた敷地の北側境界からの斜線制限に関する規制内容にも適合するもので、しかも債務者は本件建築の基礎工事をなすにあたり震動、騒音等を最少限に止めるよう特に無衝撃の方法を採用する等債権者らを含め付近住民に被害を与えないよう格別の配慮を払つた事跡さえ看取されるところである。

(四) <証拠>によれば、高輪ハイツ居住の債権者らが同ハイツに入居するに至つた主要な動機の一つは、同ハイツに対する日照が快適であることにあつたもので、現に同債権者らが終日日照の利益を享受してきたことは前記三に認定したとおりであり、また、同債権者らのうちには同ハイツを永住の地と定めているものも少くないところ、本件建物完成によつてもたらされる日照妨害のため、債権者らの家族が精神上および健康衛生上多少の影響を受けることは否定できず、この結果、同ハイツから他へ移転する者も出てくる一方、同ハイツ共有部分についての入居者の費用分担の割合が大きくなつたり、専ら商業用に使用する目的で入居する者も出現したりすることが予想しうるのであるが、しかし、他方、同ハイツの居住様式は、概ね洋風であつて、畳の間数も比較的少いうえ、戸外と室内とを完全に遮断して紫外線すら通さない窓が設置されていることが一応認められ、右認定を左右するに足る資料はない。右事実によると、高輪ハイツ居住者である債権者らには日照利益を享受することに格別の意義を有していることが窺われ、また、本件日照妨害の程度自体前記三に認定したとおり決して軽小なものということはできないが、他方、右日照妨害に基づいて具体的に同ハイツ居住の債権者らに及ぼす損害が著大なものに至るとまでは認め難い。なお債務者の債権者高橋ら居住家屋に対する日照妨害により、高橋らが多少心理的不快感を覚えるようになると推認されるほか如何なる程度の損害を蒙るかについては何ら疏明がない。

これに対し仮処分申請を認容した場合の債務者の蒙る損害は、経験則上莫大な額に上ることが容易に推認される。

以上に認定判示した本件に特有な諸事情に加えて、都市にあつては生活様式の変化や消費水準の向上、科学の発展による代替的手段の開発等により日照利益を享受できないことによる損害を相当程度緩和回避できるようになりつつあり、また公園、緑地帯の設置等による都市の近代化が国ないし地方公共団体の重要施策の一として強く推進されていることに思いを致すならば、一般に我が国現下の住宅事情のもとにおいて可及的に日照利益の保護を考慮すべきであるとしても、本件建物の完成によつてもたらされる日照妨害は、右建築工事の差止を許容すべき程に著しく債権者らの受忍限度を越えているものと認めることはできないというほかないから、債権者らの債務者に対する不法行為または生存権侵害を理由とする妨害予防請求権に基づく右建築工事の差止請求は失当というべきである。<以下略>(鈴木潔 谷川克 大田黒昔生)

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